昭和40年04月18日 月次祭



 今晩のお祭りを奉仕させて頂きまして、御神前に出らせて頂きました途端に、この位ばかりの、こんな感じの、いわゆるまだ地上2寸か、1寸ぐらいしか出しちゃおるまい、というくらいなですね、もうほとんどが地の中にあるのかと思われるような竹の子を一本頂きます。それから、私はヒントを頂いて、今晩皆さんに聞いて頂こうと思うのです。もう竹の子も大きくなりますと、もう根の方は食べられません。
 ところがまだ、このくらいのっと言ったら、こりゃもう、根もなからなければ頭もない。もうどこもここもが頂かれる。私は椛目に、ご神縁を頂いておるご信者さんは、ほとんど、ほとんどでない、全部がそれだと思う。まだ本当の使え者になってはいない。例えばどのような、細工物にでも使える、といような、まぁ竹になってはいないと。まだようやくここが始まって15年。ね、
 言うならば、ようやく少年期から青年期にまぁ移ろうとするかしないか、というくらいなところ。昔で言うならまぁ元服というところ。ですから、そのような、ここで育てられてた人達がです、それこそ竹のようにどのような細工物にでも使えれるようなおかげを頂いておる人は現在椛目ではまだおりません。言うならば、私は竹の子のような、このくらいの竹の子のようなものだと思う。
 その替わりに、もう捨てるところがない。もう根も頭も、ね、全部が使われる。それが椛目に、ご神縁を頂いておるご信者さん方の、おかげを頂いておる姿ではなかろうか、と私は思うのです。この度ご本部参拝、お礼参拝のおかげを頂きました時に、ご参拝のおかげを頂いた方は私はあちらで、御理解伝えさせて頂きましたから、ご承知でございましたでしょうけれども。
 やはり、そん時も私はやはり、この、それは丁度こんなあのう、大きな竹の子のね、水竹の子。大きな缶詰に入ってる、こん中ばっかりの竹の子をやっぱり頂いたんです。これはまぁ皮をむいてある。そして、こう切ります上の方に、もう将来これが一つ一つの節になるという小さい、その節が重なっておるようなところがあるでしょう、上の方に。そういうお知らせを頂いてです、神様がですね、どういうようなです一節でも、ね、どういうような一節でも神が使う。というような事を頂きました。
 まぁ椛目にご縁を頂いておって一年にに何べんかしかと、例えば参って来れん様な人でもです、ね、そういう人でも神様が使おうとなさっておられる。ね。一つ使われなければいけませんよねお互いが。ただ今椛目のごつおかげを頂いておる、言わばあのご大祭の2日目はでしたか。お土地が決定いたしました。それも参道そしてあのお広間の立つ所の場とと言う様なが決定致しましたから、さぁこれからご大祭だと。
 ところがご大祭の準備は何一つ出来てない。それでもやはりあなご大祭を奉仕させて頂く事が出来る、なるほど神様がお互い全部を使いまわしを下さって、ああいうお祭りが出来たんだという事。お祭りが済んだ。と皆さんがおかげを頂いた、有り難かった。ね、有り難いという私はその信心がです、本当にご大祭を頂かせてもろうて有り難かったというその有り難いのが、その場限りの有り難さに終わってしまいがちであったのが、去年あたりから言わばあのご大祭を境に。
 いつも椛目では皆さんがおかげを受けておられることが有り難い。いやもう本当の意味での有り難いが育ってきておるのである、と私はこう思う。ね。広大なおかげを頂きまして有り難うございましたと。お祭り仕えさせて頂きましたらもう肩の荷を降ろしたごとありますと。と、言わば(ガッタリ?)したようにです、信心を疎かに、疎かというか、もう緩んでしまう人がある。
 広大なおかげを頂きましたという、本当の広大なおかげを頂きましたというのはです、その広大なおかげを頂きました、というその有り難しをです、次の信心に、または修行に打ち込んで行けれる信心であって初めて広大なおかげを頂きまして有り難う御座います、ということになる。広大なおかげを頂きました。もうガッカリ致しました。と言う様な事では、こりゃこんな広大はおかげではないということが分かります。
 広大なおかげを頂きましてというのは、次の信心への飛躍を現していかねばです、広大なおかげであったという事は言えない。という事になる訳ですね。一日をおいて今日のお月次祭。やっぱりこうやってお広前いっぱいのお参りがある。是だけの人はだからそういう意味合いでおかげを。もう昨日一昨日あげな盛大なご大祭を拝んだっちゃけん。そげん毎日拝まんでん良かろうっちいうごたる人がやっぱあったに違いない。ね、
 けれども、こうして皆さん、ご参拝のおかげを頂いておられるということは、そういうような、あー、おかげを段々頂いておられるのだと、それとてもやはり、言うならば育っておると言うても、竹の子のこのような物ではないかと私は思うのです。今日お昼を済まさせて頂いて、丁度下関から、中林、中林さんがお参りになっておられました。通帳してる、おりませんもんでしたもんですから、あの大祭を知らなかった。
 こちらへ来てから、惜しいことをしたと。と言うてまぁ、まぁ残念がっておられたんですけれども、もうちょうど11時半もあったでしょうか。ですからまぁとにかく、もう私も直ぐ下がりますからお食事でもしておいでなさいと。まぁテープでも聞かせて頂きなさいと。と言うてまぁテープでも聞いて、ちょうど12時に下がらせて頂く、一緒にお食事をさせて頂いた。
 ちょうどな、北野から中村さんがおかげを頂いて参り…。久留米から、古賀さんがやはり、だいたい時を同じゅうしてから、お参りしておられた。ん、御理解頂いき終わられてから、さぁどうぞこちらへ用意をしておりますから、どうぞお食事一つ、皆さん一緒に頂きなさいと。って言うておりますところへちょうど、福岡の、初美の妹であります恵美子さんが参って来た。
 先生と到頭ご大祭にはご無礼いたしました。娘が学校にいく様になりましたもんじゃから、本当にご無礼してからすいません。明日お参りさせて貰おうって昨日思うておった。ところが、何かの都合でお参りが出来なかった。ところが夕べの2番目の息子がもうとにかく腹が痛か腹が痛かって。あんまり腹が痛いというもんじゃから、医者を呼んで注射をしてもらったけれども、やっぱり朝方まで痛い痛いと言うて苦しんだ。
 本当に椛目に、お祭りの日をまずお参りが出来なかったから、あくる日でも早速でも子供を送り出した、さぁ後はお参りと言う様な事にでもなっておったらです、こういう事も無かったのにこれはお詫びさせて、お詫びにお参りさせて頂かにゃいけんというのに今日は一人で参って来た。そんなわけですから私がね、恵美子さんってあんたどういう訳に、例えば福岡中でお供えをさせて頂いたのが、今度は30名だった。
 そこでもう、んならその纏めてそりゃ勿論こちらが言うていなかったのかもしれん。言えばかたらんという人じゃないですから。けれどもあんたが日頃不信心な証拠に誰もあんたを気付かなかった、忘れておった。そういう事でどうするねって。ね、こちらから例えば孝さんどんもあちらに夫婦連れ、あちらにあちらに所帯を持っておる。久保山さんのところののりおさん達も夫婦であちらに所帯を持っておるけれども。
 やはり秋永先生のところにお月次祭というてはお参りさせて頂いておるから、それに漏れづにおかげを頂いとろうがて。あんただけが漏れておった。さぁ何百円と出しよるとかそりゃ知らんけれども、ね、それに漏れてはおかげは頂けんばいって私。ね。例えばよって、今度なら椛目のなら御造営ならご造営がです、ね、五百万なら五百万で出来ると。ね。そすと、例えて言うなら、どれだけになるでしょうか。
 一人に5万円づつか?ね、5万円、5千円か。5千円づつおかげを頂いて何人ですか?私は今日は5百円といわなかった。あん?私は今日はこう言うた。ん。三千五百万円かかるって。だからとても今の椛目の、例えばそれは今度お土地が大変広大の、こう、お土地になった。見た目だけでも、もうこれこれかかる。ね、さぁ庭だ、あれだって言よりゃもうゆうに三千五百万じゃたら足らんようにかかるだろう。
 出来上がる、上がらないのは別としてです、ね、三千、言わば三千五百万円というような、椛目で言うならば、もうもしこれが成就するならばいよいよこれが世紀の奇跡と言うような事が行われようとしておる。今朝からの御理解の中にも、ね、初めの間は親先生が2反で良いと仰った。ところがそこが相談が出来なかった。ところがいや、いや上に3反、相談が出来た。
 ところがそこと交換条件で、今度おかげ頂いておる所がやはり3反余りだから、まぁ交換というような事から話が始まったけれども、結局そこを購入することになった。ところがここも買わにゃいけん。ここも買わにゃいけん、とうとう結局あの一角全部買い、買うてしまわなければならない、丁度5反半ある。いわゆる神定めの地っと言うのが、神定められておったということが分かるじゃないか。ね、
 2反と云うていたけれど出来なかった。3反も出来じゃった。ね、所が5反半にと言うことにならせて頂いたら、それがスムーズに購入することが出来た。ね、してみるとこの、言わば神定めのこの地にですよ、神定めのお広前が言わばその5反半にも相応しいお広前が建立されなければならん。それには恵美子さん3千5百万円かかるよっち。ね。1万円づつ皆がお供えをさせて頂いて3千5百人、まぁいるっていうこと。
 そげんなりますでしょう。3千5百人、1万円づつ平均におかげを頂いてようやく3千5百万円が整う。3千5百万、3千5百人の中に入るか、千人の中に入るか、百人の中に入るか、50人の中に入るか。今度、先生このことをお願いさせて頂きよったら、ね、実行員百名と頂いた。あんたげんお父さん、北宗一さんも入っとる。ね、百人分ッち言うたらどういうことになるか。
 まだうち当たりはもうおかげ頂いたて、もう1万円もおかげ頂いたら良かろうって言うたらあんた3千5百人の中のたった1人ということになるよっ、と私が。3千5百人の中の1人でよかればそれでいいけど。私はあなたがもっとる財産から、お供えさせようとは思わん。あんたがするという気になりゃ神様がさして下さる。あんたが持っとる物の中に身の皮はいでから、そりゃそういう人もある。
 けれども神様は、それをなら喜んで下さるかと言うとそうではない。私はある人の例を取った。ある人がね、ある人がそこに集金にいったげな。ところが○○さんち、椛目の御造営の済むまで支払いはストップっち。というような人もあった。ある人はお届けさせて頂いた。先生今度の御造営きに、当てられる足りないだけの金額はどうも私一人におかげを頂かせて下さい。大きいでしょう。本当ですよ。ね、
 その代りに、今の私に出来ようとは思いませんから、一生かかって、もし私一生で出来んなら、子供でも孫まででもです、かかって私が、私一家でお支払いをさせて頂きますから、どうぞ私の上に御用をさせて下さい、というようなお願いがあった。けどもどうでしょうかね、私がその、お届けを聞かせて頂いて本当に、いわばそれこそ涙が流れるほど有り難いと思うた。その健気な心に。
 その時私が頂いたのはです、私の方の、私はもうばばの手でほとんど育った位に母の手をとっとらん。ですから、そのばばが、もうその死んでしまって、ばばしゃんが死んだならばあんたどうするかっち。そりゃ、ばばしゃんと一緒にお棺の中に入っていくっち私が。したらばばが喜びますですたいね。もうだれかれなしに、まぁあんたこれはあんた、私が死んだなら私がお棺の中に入ってくるっち。
 本当もうしかし孫ちや可愛いもんですばいっち言うてから皆それを自慢に話す。どうしてま、ばばが私がお棺の中に入れて行こうか。また私が入るはずがない。言うならばそれにも似たようなお届けなのだということ。私が一生かかって払うって言うたって誰が払わせるか。ね、けど問題はそのです、健気な思いを神様が受けて下さるんぞと。だから図にはばかったこと、せめて一人前くらいはと。ね、
 百で割っていくらと。そのせめて一人前くらいはおかげ頂かなきゃならんと。というようなおかげを頂かせて頂きたいという止むに止まれんならば、それに10人前100人前言うことはいらん。一人前でもおかげを頂かせて下されというような意欲を燃やしてお願いをするならば、神様はおかげを下さる。これが椛目、何時までそれはまぁ続くか分かりませんに致しましてもです。
 椛目がおかげを頂いていけば行くほどに、これが歴史の、に残るような大変なことになるだろう、と私は。というような事を私はね…。ね。皆がね、そういう風にです、そのことに関心を持ってない。今日も、あの鯉のお供え、鯉が釣れたと言うて鯉のお供えを持って来とる。あの100人の実意実行員の一番最後に書いてある福島ゆきたさんという人である。あれを見た所が一番最後に自分の名前が出ておった。
 月に一編か二編か参るか参らんくらいの私に、こういう大役を頂いてから、と言うてから涙を流して感激してお礼を言われました。神様のそうしたい、いよいよ神定めの事柄がです、一つ一つ成就して行きよるのである。そういう風にして土地が替わるもんですから、例えばあーいう絵図面でもです、6回か7回か変わりました。もうそれこそ毎晩徹夜徹夜で、その書いておられる、書かれるとここがいかん、あそこがいかんと言うもんだから、古屋さんもうそれこそ不眠不休で書いておられる。
 もう楽しゅうてこたえんというごとしよなさったけれども、最近親先生、秋永先生のお届けに、やっぱもうちった疲れなさったごたるっち。もうこの頃私が言うたちゃ、こう分かったじゃ分からんごとしとんなさってどうも何か間の抜けたごたる図面ば書いてござる。ね、それもまだ間取がはっきり決まらんけれ、けれども、今夜こうやって決まった以上は今夜帰りがけにあちらに寄らせてもらいますから。
 どうぞ古屋さんの頭の上にです、ね、良いアイデアが浮かぶように、お取次を頂き、昨日それをことお願いされた。今朝から、先ほどやっぱり取次頂かにゃいかんなぁと、こんだに本当に、こりゃ良いなというのが出来て来ておる。丁度そういうようなお話をしておる所へ、丁度福岡の渡辺先生が、こりゃこうなされれる。ほぉ、今日は何事でしたかそれが、あんた今日は、あの、久留米に、御霊社ですね、ささやま神社に素晴らしい茶室があることを聞いておった。
 高山彦太郎の(へいしょういん?)ですか。あのお寺にも、久留米の(つちや?)あたりですね。(すえたゆぎが、?)ほ、奉納寄贈をしておられます、日本一の庭師が作ったという、その庭園と、茶室がある。茶室というのはですね、もうとにかく、日本建築のすいを集めたもの。だからそれを見るとです、いわばその、色々な意味でそこからヒントを受けることが出来る。
 だから一遍古屋さんと、それから秋永先生と、と久保山先生と私と、それから渡辺先生が、あぁもう加えて、ぜひ一遍見に行きたいという話があっておったから、月次祭どんがすんでから、まぁ2、3日後のことであると私は思うとるとに、今日言うてから、先生今日その、それを見に行きましたっち言うわけです。今日じゃないばい、今日はあんたお月次祭どんこんでけんって。
 けれども秋永先生からそげんやって電話がかかって来た。けん古屋さんを連れて、行くから、あんた先に一人で行っとってくれということであった。その時私はピーンと来たんですね。その、いわばその茶室のそこの、御霊社なんかを知っておられるのが、その久留米の古賀さんである。古賀さんもそこで、午前中からお参りしてきておって、なんじゃかんじゃこういうお話をしとるうちに、お食事になる。
 お食事からまた、恵美子さんに対するところの信心話を続けておる間、聞いて、もお話が終り帰らじゃごてというところへ、見えられた、あぁいたこりゃ古賀さんあんた今日は帰られんよっち。御用があるならちょっと今の内にして来なさいって私が。いんやなら今日はもう御用頂きましょうと。
 そして、これはもう以前のことでしたけど私はここで古賀さんにおうすをあげたことがあった。た、先生お茶をなさいます。もうお茶をなさいますなら一遍先生お供して行きたいところがある。そりゃあの神崎というところにです、これもやはり倉田さんの別荘です。そりゃ素晴らしい庭がある。そこへお供したい、とこう言うておられた。そんならあんた今から、先生とあんたと3人でそん神崎の方へやらせて頂こうか。
 そして秋永先生も、いわば3時半なら3時半に久留米の御霊社で落ち合うようにさせて頂こう。あの人達には見せたっちゃ同じ事っちゃけん、まぁ庭だけなら私だんだけでよかろうと言うて、あちらへやらせて頂いた。その行ってからスムーズなこと私は気が付かなかったけど、運転手の古賀さんが言われる。もう今日ばっかりは先生もう大変なおかげを頂きよりますばいっち。
 もうどこ行ってもずっとその信号機が青なんです。そのストップするところがない。出かけにはお湿りがあっておったから傘持って行ったけれども、途中から晴れて来た。向こうへ着かせて頂いた頃にはもう良いお天気になっておる。さぁ向こうに着かせて頂いて驚いたです。ね、もちろん、もう100年も言うなら200年もかもしれません。いわゆる自然の庭をその、を利用してからの庭園であるんです。
 素晴らしい。ん、庭園だけではない。その家の作り、茶室だけじゃない、もう住まいから炊事場からもう一切、(これらさん?)も大変お客さん好きなんです。だから、その、日化ゴムの社長さんです。ですからその何時も沢山のお客さんを連れてみえるから、もうどういうようなことでもさっと間に合うように、そのしてある。私共庭だけを見せて頂くもんだと思うた所がです、ね、
 さぁいくらも見物にね、あっておりましたけれども、私共にだけ、どうぞこちらへお上がり下さいっち言われる。折角来たけんならお家の一つ、あー、見せて頂こうかと、と言うてまぁ遠慮うなし上に上がらせて頂いたら、お茶の玉露それこそもう素晴らしいその、ね、茶碗に良いお茶を、そしてそのお茶菓子まで出てから、どうぞと言うてからずっと案内を1時間以上もかかりましたでしょうね。
 もう各部屋部屋をですね、もう丹念に説明して見せて下さった。それはですね、本当に悪気どんあるなら、もうこげな香炉一つが何万円するだろうか、と言ったようなのがもう随分、もういっぱい置いてある。ちょっと襖を開けるともうそこには骨董物いっぱい置いてある。もう涎の流れるごたる。もうとにかくはぁ、渡辺先生じゃないけれども、先生もうため息も出通しだった。というような素晴らしいお家であった。
 そのセンスの素晴らしさ。本当に日本建築のすいを集めて出来たと。上は、麦わら家が幾重かになっておると。ね、そこで私はもう一遍見終わらせて頂いてから古賀さんに、もう何時ですかっち、3時半。あら!こりゃあんた3時半ならあんたもう、先生どんが、御霊社で待っておる。ね、なら電話かけなさいと、電話かけてから、そのままこちらへ二人とも見えるごと言いなさいって、もう庭だけならばってんこれだけの建築を見せてもらわにゃとても、その私どんがだけでは勿体無いと言うて電話をかけた。
 3、40分前帰ってから私共がもう帰って来るだろうと待っとると。あそこであの喫茶店がありますからお茶でも頂いて、それからお茶でも頂き終わってから、いつまんでん来なさらんから、ちょっとあの御霊社の方を、一回りしてこうかと言って立ち上がった時に、あの、秋永先生という方が見えとらんですかって言うてから、ようやく、呼び出した。そしたら古賀さんが電話かけよったら直ぐ秋永先生ですかって言うてから、おかげ頂いたなーとこう思う。
 それからそのわけを言うて、申しましたから二人、わずかの時間の内にあちらに見えられました。先生も喜ばれる、古屋さんも喜ばれた。その図面の中に、今朝までかかって引かれておる中にです、ほとんどのところは済んでおったけれども、住宅のところだけでいわば、その、済んどった。あれを引き終わらせて頂いてから、ほとほと眠気がする状態にかかろうと思うたら眠りだした。途端にですね、お勇みを頂かれた。
 今度の図面はこりゃ、秋永先生に気に入って頂くばいな。これからのところもまたこれな(テープが切れている)どういう私は色々その感じいったことはです、その何千坪かあるだろうというそのお庭がです、谷あり滝あり。もうその一面にもう見事なくきが、何十種類って言うくきがはいておる。そこに様々、もう様々なその植、植木がね、そん植木と言うてもまぁ雑木なんですけれども。
 その雑木の使い方の素晴らしさに私は驚いた。例えば松とかね、(もみ秋?)とか、桜の木とかと言ったようなその、ものはないです、全然。ね、一番私は驚いたのは、もう南天の木がもう、あらゆるところに、あらゆるところで生かされてある事に驚いた。素晴らしいなぁと思うた。南天といや便所の横かどっかしか植えられん。いわゆる臭いところにしか植えられんような木がです、もう至る所にそれが植えてある。
 その植えてあるのがです、もう実に見事に生かし抜いてある。ね、あの千両、万両といったようなものが、所々に点々と植えてあるですねあれが、そういうようなものがです、もう、もう、皆その、もうそれこそ生かされておるのに驚きました。先ほどから申しますように、椛目でです、ご信心を頂いておる者が丁度このような竹の子であろうと。根から頭から皆食べられるような、使われるようなものばっかりだという事。
 それはまぁ言うならば、南天位なものかもしれません。雑木位のものかもしれませんけども、これが使いよう一つでは、その場を生かす。ね、他のものまでが生きると。なるほどこれは、例えばね、ある人はね、頭だけを使われるかもしれません。ある人は、体だけを使われるかもしれません。ある人は口だけを使われるかもしれません。ね、様々なところに様々な御用がある。
 それを適材適所に使うて下さるのは、これはだれではあるかと言うたら、私は神様であると私は思うた。今私共が本気で使うて下さいという、それは私共は雑木一本言わば南天の木一本にしか値しない私共ではあろうけれども、使うて下さいという願いをかけられる時に神様がです、それがもう完全に生きるところにね、あの庭よりももっとね、生かして使わして下さるだろうというような事を私は見ながら感じさせて頂いたね。
 私共の願いがです、どうぞあっありますように、こうありますようにと。ね、願うておかげを頂くのと神定めのままにですね、おかげを下さろうとするそのおかげを頂かせて頂くということは、神乍と言う様なものではないね、もう例えばんなら、私が神様から頂いておることは、お土地の問題でも「石浦」ということを頂いておった。やはり今度のこれも石浦である指出の上にあるけどもやっぱ、その場所は石浦である。
 けども上ん所もそりゃ石浦である。やっぱりここが神定めの地ここが神乍と言うてそのままであったらもうそれまでのこと。所がそこに神様のそうした働きをですこりらに受けさせて頂く、それには様々な難儀もあったんですね、御用される方達がもう毎日毎日。そういう事に当たられてそして、神乍にその一角全部がおかげを頂けるようななった、この5反半というのが椛目のお広前の、神様がお静まりましますところのです。
 神定めの土地であったということになるのですから、ここに、神定めのまにまにどういう神定めのまにまにどういうお広前が建立されるか分からないけれども、もう、例えばなら古屋さんが一編書きなさった、それも神乍で、んならこの通り建てて下さいではいけん。やはりどこま見え行かにゃいかん、ここにも見に行って。ね、良い言わば、ああセンス、ヒントを受けて来て。ね、
 それをいよいよ生かしていく事に私共が努力させて頂くところにです、神定めの土地へ、神定めの土地へと、神定めの事柄へ事柄へと近づいて接近して行く事が出来る。なるほど神乍であったなぁと。この駐車場が出来る時、あれは半分で、半分までが借りてあった。ところが地主さんが折角ここまで買ってもらうなら、向こうまで買ってもらわなけりゃこちらが迷惑だと言われる。
 久富先生なんかもう、その真っ向から反対だった。親先生そげん長々してどうしていりますかっち。しかし折角向こうから言うて頂きよるとじゃけんで、やっぱ地上げしてからあそこも駐車場にいっぺんしてしまいなさいと言うてから駐車場にさせて頂いた、はぁですけれどもね。今度のご大祭には、きっちり25台、もうきっちりいっぱい詰まっておったと言うわけです。は、
 神定めの、はぁとても椛目である人は5反半でんで広すぎると言う人があったかもしれん。ある、本当は今でも思うとる人が有るかもしれん。けれども神定めの土地であってみればです、ね、これをいっぱい神様が活用なさらないはずがない。活用して頂くところまでには、私共の願いがそこに置からなければいけないと言うこと。ね、「神の用をたせば、氏子の用をたしてやる」、と言うような、言わばおかげをです。
 この時この際、椛目の歴史にも残ろうと、椛目の歴史に、1ページをそれこそ有り難いものして飾るところの出来ることであろう、このご造営に対してです、お互いが漏れることなく落ちることなく、ね、それぞれお互いの持ち場立場においてから、この際お役に立たせて頂かなければです。私は椛目にご縁を頂いて、折角神様がね、もう使おうと思うておいでられるのに、こちらが使おうともしない。使われようともしない。
 知らん顔しておる人はなかろうけれども、それに関心が薄いというようなことでは、そげんもうどうでんよかごたっなら神様はなんなら、しゃっち持ち使おうとはなさらないと私は思う。どうでもこうでも使うて下さいという氏子の上にです、私は使うて下さるおかげが受けられると私は思うのです。ね。今日私共が、神崎、佐賀の神埼でです、見せて頂きました古賀さんの別荘の、素晴らしいこともさることながら。
 そのお庭の素晴らしいこと、あの広い中にです、もうどの石どの木一本がですこれ一つ無駄じゃな、というようなものがない。しかも、こちらからも見ても、こちからも見てもです、もう見事に生かし抜かれておると。しかもそれがんなら名木といい、その素晴らしい、その植木というものではない。どこにもあるここにもある。こけのような、しだのような。ね、芝のような。
 そういうようなものがですもう、その場その場で完全に生かし抜かれておるという事を、を思わせて頂いて、特にその南天がです、もういたる所に植えてあるその南天が、生かし抜かれておる事にです、私は関心した。椛目の一人の私共がです、ね、そういう生かして頂く、またとない絶好のチャンスをですたい、逃がしてはならん。ね。3千5百人の中に入るか、千人の中の一人に入るか。
 百人の中の一人に入るか、50人の中の一人に入るか。私共の言わば信心精進。ね、願いとその修行の裏付けと、によってですそれが定まるのでございますから、ね、この際おかげを頂かせて頂かねばまぁ馬鹿らしい事になるのじゃなかろうか、と私は思う。本当にあん時おかげを頂いときゃよかったではいけん。ね、この頃のご大祭の時に私が申しましたように、ね、6日の菖蒲に10日の菊、とこう言う。ね、
 御用日が済んだ。あれもこれも済んだ時に、百万円お供えしますと言うたっちゃ、もうそん時には、もうどうでんよか時じゃもんこっちは。ね、6日の菖蒲になるでしょうが。今くらい例えば椛目でそれを生かして使える時はまたとない。ね、それにはです、なら皆さんが持っておるのを身の皮はいでというのではなくてです、そういう信心の造営をまず思い立たせて頂いて、修行させて頂いて、修行から生み出されるこれこそ神様のおかげに違いがない。
 こういう願いを立てさせて頂いて、建てさせて頂いたら、例えばこれは高芝さんのなんかの例なんかは、良い例である。こういうおかげを頂きたいと願うたら、もうそれからです、言わば大きな金額の物が段々売れ出したとこう言う。してみると、高芝さんが、ね、お供えせやんというのでなく、神様がお供えさせて下さりよると、ということが分かるじゃないですか。ね、もう私だん1万円ばっかりおかげ頂いと言うても、3千5百、3千5百人の中の一人。いやどうですか。
 御用に使うて頂いて、ね、神定めの土地に、神定めのお広前が購入されて、神定めの私共の信心の稽古場が成就し、落成のおかげを頂いた時にです、ね、神の悲願も叶うたと、ある意味において叶うた時であり、金光大神の願いの叶うた時であり、ね、私共の願いが叶うた時であり、ね、神も、氏子も、ね、金光大神をもの喜びというようなおかげになって来なければ、いけんのだと私は思うです。
 皆さんどうぞここにですね、一番奮起させて頂かにゃいけません。発心しなければいけません。ね、あるもんからどん出そうと思いよったっちゃダメです。ね、それにはまず、そうした願いを新たに、さらな心に、しかも元気な心で。今日福岡の麻生さんが今朝から参ってまいりました。先生今朝からお知らせを頂きましたって。私、誰かが生卵を食べさせて頂いと一つの卵を割ったところが中にきなみが3つ入っとった。
 皆さまもご承知のように、卵をいや、元気な心でとこう仰る。それはなぁ。麻生さん。人が3年かかるところをあんたには1年で神様がおかげを頂かせようとしござるとばい(感動)と私が申しました。人なら3年かかるところを、もう3年も経ったんじゃもう間に合わんと、神の御用にもね、だから本人がいよいよ勢いを持っておかげを頂きたいというその切なる願いに神様が答えて下さって。
 一つの卵じゃあるけれども、きなみが3つも入っておるような元気を出させて下さって。ね、人が3年分、3年かかるところを、麻生たかしにはです、1年でおかげを頂かさせようとなさっておる働きを、感じさせて頂かにゃいかん。私も感激するから、麻生さんも大変感激しておかげ頂いたことなんですけれども。そういう、ね、生卵食べて元気付くというような、私は信心をさせて頂いてからです、お役に立たせて頂こうじゃないですか、お互い。私も修行させてもらいます。皆
 さんも修行なさり、ならなければなりません。ね、有り難い有り難いばっかり言うとって、ね、有り難いということがです、信心修行に表されて行かなければ、その有り難い私は今の場合ほんなもんじゃないと思う。広大なおかげを頂いておって、本当にもうあのご大祭の中で、もう感激のルツボの中で、感激いっぱいでございました、と言うても、あくる日の朝の御祈念にはご無礼しておりました。
 もう疲れてがっかりしました。そういう信心は、本当な広大なおかげを頂いとるとじゃなかと私は思う。秋永先生が言うておられますように、ね、ご造営、大祭もう息つく暇もないようにそのあくる日はみ、皆またご造営の事で集まって、その土地の事で色々検討なさっておられます。しかし、これが椛目では出来て行っているとが先生有り難い事ですと言うて、秋永先生が言うておられますようにです、ね、
 そういう私共が勢いと、神様の一つのおかげを下さろうとする、天地が動き出すような働きとが一つに(パン、を手を叩かれる)なってです、言わば手が鳴るような、言わば音をするようなおかげにもなって来ると私は思うのです。お勇みといったようなのはそういうもの。私共の日常生活の中に、もう本当に神様が熱り立ってから。ここでもそこでも、お勇みが(パン、手を叩かれる)とこう響き渡るようなですかね、おかげを頂かせて頂かねばです、ね、信心の本当の楽しみは無いのじゃないでしょうか。
 椛目でこうやって皆さんが御理解を頂かれるということも、私の考えでは、御理解を伝えるのじゃない。ね、本当に今こそ椛目の信者一同がです、会員一同が、今のこの御理解を頂かせてもらわなければ、という御理解を朝に晩に、又は月次祭に私はお取次させて頂いておるのでおございますから、皆さんもそれを受けて、ね、立たせて頂くところの元気な信心がなさらなければです、ねのれんに言うならば、腕押しのような事になってしまうのじゃないでしょうか。
 私はそれを信じます。今日桜井先生がお届けをされておられます中に、家内と一緒、子供と一緒に、バスに乗らせて頂いとりました。ね、ところがもう運転手が見ちゃおられんごと危ない。下手なんだ。それけんこりゃ危なかけんでと思うてから出ろうと思うたところが、もうその、このドアが開かない、とうとう運転手が来てからです、その醤油ビンでこうやってその、そこを開けようとした。ところが醤油がパッーと散ってから、その皆にその、私にも家内にも醤油がかかったというそのお知らせを頂いておった。
 そしたら、ある運転手に代わった、ところがその運転手がスムーズに目的に着かせて頂いて、ね、うなぎ屋あってそのうなぎ屋に寄って、お寿司をいただいて、親、親子、お4人連れですか、で頂いておるお夢を頂きました、とこう言われる。ね、だからその運転手の下手っちいうのは、誰々先生のことじゃろうと私が申しました。ね、苦労といや、あの、醤油といや修行という事だから、それこそ開けようと思うてです。
 こりゃ危ないと思うて開けようと思うたけど開かんから、醤油ビンでこうやって、この修行なさっとっても、それが皆を汚してしもうた。まぁおかげで開いた。出た。ね、ところが入れ替わりに、違う運転手が乗った。これは言わば、スムーズに目的の地に着いた。しかもうなぎ、うなぎ屋に寄った。したら私の事を、あの、中野さんが1回頂いておるんです。もう親先生が、そのひょうたんなまずような人だと言ったようなお知らせを頂いた事がある。ね、もう掴む所がない。ね、桜井先生どげな風ですか、あんたは私を掴みきるですかっち。
 掴みきらんでしょうがって。もうどこが頭やらケツやら分からんごたる。言わばうなぎのようなもんじゃなかろうかって。あの時お寿司を親子四人で頂いておるという事は、ね、寿を司るという事。ね、そういうおかげを頂く、そういう寿のおかげを頂かせてもらう事がです、ままになるところのおかげを頂きよることじゃなかろうか、と私は申し上げた。そういう意味合いに置いて皆さんはです、そういうバスに、お互いがその、同乗させて頂いておるのでございますからです、ね、
 その事の分からせて貰う信心にならせて頂いたらです、もっと有難い勿体なきというものもね、実感的に感じられるようになる、なるのではなかろうか。その有難い勿体なきがです、様々なそういう意味合いにおいての、御用にぎょうしされる時に、ね、それこそ5月の5日の節句に丁度菖蒲を頂いたようなです、言わば私共信心の菖蒲の極めどころ、ね、今こそ、それをそういう風に私は実感させて頂きます。大変遅くなりました。
   おかげ頂きまして有り難うございました。